空白の10年間


 

Coca cola i miss you!

昨日は友達とブギスに夜ごはんを食べに行って、クラークキーで別のグループに合流して、飲んで、

ボートキーでまた別のグループに合流して、飲んで、クラブに行って、朝の4時まで。

20代か!と自分で自分にツッコミを入れたい(_ _)

楽しかったけれども。とても楽しかったけれども。

私はもう遊び盛りの20代じゃないんだよなって、シンガポールに来てからの私は、私自身を客観的に見ながら思う。

今日、自分について考えていたんだけど、たぶん私は人より10年、年の取り方が遅いんじゃないかって思う。

私は30代だけれども、いつも、気分は今でも20代後半で止まったままのような気がしていて、自分の年齢を口に出す度に、最近、数字が重くのしかかってくる気がしている。いつの間にかそんなに年を取っていたんだって、気づく。

人が、20代で学ばなければならなかったことを、たぶん、私は、自分のやりたいことばかりに時間を費やして学んでこなくて、自分のやりたいことが一段落ついた今、ようやくそれらのことと向き合おうとしているのかなと。

私はこの10年で、いろんな人に出会ったし、人よりも多くを見て、経験することができて、仕事も、責任感をもってできていることに満足している。友達もたくさんできた。今までの自分が辿ってきた道のりにとても満足しているけれど、前にも書いたけど、今、目標を失っている状態なんだと。

シンガポール人の元カレは、よく哲学者の言葉を引き合いに出したりしていたのだけど、今はニーチェの言葉で、

「多くの人は、辿ってきた道のりを追い求めることに頑固になっているが、ゴールを追い求めるのに頑固になっている人は少ない」

という言葉を使っている。

この言葉は、彼自身をよく現しているなぁと、これを見て思った。

彼はとてもストイックに自分の目標を追い求め、目標を追い求めるがあまり、目標にたどり着くまでのプロセスまで気を配ることができないと自分で言っていた。そこが、わたしたちの決定的な違いで、わたしが超えられなかった壁であったのだけれども。そして、わたし自身は、この1年間、ゴールをあいまいにして、プロセスばかりに気を取られていたなと。

同じく哲学者のニュートンは言っている。

「人は、頂上を追い求めるあまり、頂上にたどり着くまでの美しい景色を見逃しがちだ」と。

彼はまったくそういう人だと思う。

景色ばかりみていたら、確かに頂上にはたどり着けないんだけどさ。

 

いま、まわりのいろんな人たちを見たり、話を聞いたりして思う。

結婚生活ってなんなんでしょ、って。相手に対する尊重の気持ちがないのだとしたら、そこには、その人と一緒にいつづける意味はあるのかなと。

私が今やりたいのは、朝まで飲んだくれていることではない。パーティはもうとっくの昔に終わっているんだから。

いつも安心して帰れる場所がほしい。ただ、それだけなのに。

 

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