カンボジアにて

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そういえば、1月25日~28日までの4日間、
カンボジアへ行ってきた。
シェムリアップ、世界遺産のアンコールワットがある街だ。

新年が始まってもやっぱり日々は忙しくて、
仕事も、プライベートも、いつもいつも誰かと一緒で、
とにかく「一人になりたい」、そればかりを求めた旅だった。

トゥクトゥクで気の向くまま、自分の行きたいところだけに行き、
見たいものを、見たいものだけじっくり見て、
インターネットはほぼ遮断。
連絡を取りたいときに、取りたい人とだけ、とにかく自分のためだけに時間使った4日間。

カンボジアは素晴らしかった。

友達に言わせると、一人になりたくて行ったんだったら、どこでもきっとよく感じたはずですよ、って。そうなのかもしれないけど。笑

昔ネパールに行ったことのある友達が、
「全てが美しくて、1秒も忘れたくない」と言っていた言葉が、
私はシェムリアップで、分かった気がした
町はまだ発展途上で、埃だらけで、
お世辞にも「美しい」とは言い難いものだけど、
発展し続ける町の中にある人々のやさしさとか、マナーとか、
まだすれてない部分に私はこの国の美しさを感じて、
空港に向かう町並みを見ながら、なんだか涙が止まらなくなってしまった。
目に写る景色全部忘れたくない町だなと。

きっと日本の昭和を生きた人がカンボジアにきたら、
日本も昔はこうだった、って言うに違いない。

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美しさという概念は、決して物質的だったり視覚的なものだけではないということに、改めて気づかせてくれるというか。
人間のまだきれいな部分が残っている。

だけど、人って一度便利な世の中を知ってしまったら、戻ることはできないんだなって、トゥクトゥクで赤土の埃っぽい風を感じながら、高床式の村を通り過ぎていたときに、ふと考えた。

自分が日々生活している便利で近代的なKLの喧騒と、
たとえば週末、成金みたいな見栄っ張りの若者が集まるクラブのパーティで、中国人がシャンパンに花火つけてきゃーきゃー騒いでる夜と、
この高床式の村で、ゆっくりゆっくりパームシュガーを作って、
お米を育てて、自然の恵みやありがたさを感じる生活のギャップを考えて、
いくらカンボジアが癒されるからって、
私もきっと、こういう生活には戻れない一人なんだなぁと思った。

世界は広い、
だけどきっと自分が守らなきゃいけない世界は本当に小さいと思う。

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去年お世話になったお客様で、こう言われている方がいた。

「家族や友達とか、自分の周りの最小単位を守れない人が、
会社や部下を守ることはできない」

私はこの旅で、
自分にとって大切な人って誰なんだろうって、考えようと思ったのもあった。
この1年で、友達も知り合いも、仕事関係の人も、
急激にネットワークが広がって、疲れてしまったというか、
みんな大事にしたい、でもその為には自分の時間も体力もなくて、
気がついたら、いつもへとへとになっていたというか。
みんなにいい顔しようとするのは、私の悪いところだよねーって
思っていて。

で、自分の中で混沌としていたものを
いろいろ整理したかったんだけど、
4日間で人生の答えなんて出るはずもなく。
そりゃそうなんだけど、笑
でも、4日間のカンボジア旅行の中で、いろいろな景色を見て、
考えて、感じるものがあって、カンボジアの人々の素朴さに触れて、
それらはきっと、私の糧になっているはずだから、
これからまた迷うことがあったとしても、
それら感じたことを頼りに、自分なりの答えを出していけばいいのかなと。
そう思えたカンボジア旅行でした。

誰かと旅行するのもいいけど、
一人の時間にじっくり浸れる一人旅、
ちょっと病みつきになりそうです。

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