我最近想


20140906_190551

午後19時。

Raffles placeの駅からBoat Quayへの出口を出ると、目の前に飛び込んでくるこの景色がいつも好きで、思わず写真を撮ってしまった。

仕事をしてて最近気づいたのだけど、日本人のメールって特殊だなと。

日本とのメールのやりとりは、”いつもお世話になっております”から始まって、”宜しくお願いいたします”まで。”恐れ入ります”とか枕詞をたくさん使って、相手を不快にさせないように気を使いながら、長ーーい文章を打つ。たとえば、資料ひとつ送って欲しい、っていう内容が、”いつもお世話になっております”から始まって、”宜しくお願いいたします”まで、最低3文は必要なわけで、場合によってはひとつのことを伝えるのにそれ以上の文章が連ねられていたりする。

一方でローカルとのメールのやりとりは、なんとシンプルなことか。彼らのメールに枕詞は一切ない。資料送ってほしいのであれば、”この資料送ってもらえますか?”以上、一言。お世話になっておりますも、宜しくお願いしますも、ない。

シンプルすぎて時々わたしも目が点になることがあるんだけど、本当に用件のみしか打ってこない。例えば、何かの予約が完了したなら、”Dear ○○”から始まったとしたら、本文にいきなり予約番号が書かれていて、”Best Regards” みたいな。え?こんなんでいいの?と初めは思ったけど、ローカル同士だと、これで失礼だな、とか全く思わないんだろうね。メールを打っているほうも、または受け取っているほうも。こういうメールが日常茶飯事だから。社内メールでもお客さんとのメールでも。メールを打つ手間がものすごい省けるし、これは定時にさっさと帰れるわ、と感心してしまう。こんなふうにシンプルだったらいいのになぁ、と私も密かに仕事中に、彼らのメールのccを読みながら、思っている。

日本とのやりとりはチャットのようで、どこかからメールが入ってきたら取り合えず何か返さないとという強迫観念みたいなものに苛まれていたりする。「確認するのでちょっと待ってください」と、例えばローカルが返信していても、そのちょっとが2時間くらいしか待てないのか、すぐに「どうなってますか?」「どうなってますか?」とひっきりなしに日本からメールが入ってきて、ローカルが”i m checking now, please wait”とか返信してるのを見ると、あぁ、日本人wと思ったりする。まぁ、日本側でもお客さんにプッシュされていて大変なんだろうけど。。

どこかのインターネットの記事で読んだけど、日本人は時々世界において「仕事をするために生きている」と表現されるらしい。世界の人々は「生きるために仕事をしている」のに。この記事を読んで、ハッとしてしまった。自分はどっちかなと。それでも今日もまた、わたしは”いつもお世話になっております”と、長ったらしいメールを打つんだけれども。

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